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前橋地方裁判所 昭和32年(ヨ)110号 判決 1958年2月15日

申請人 斎藤重三 外一名

被申請人 群馬中央バス株式会社

主文

被申請人が申請人等に対し、各昭和三二年一二月六日附をもつてなした解雇の意思表示の効力を仮に停止する。

被申請人は、申請人斎藤重三に対し金一六、四八五円、申請人鈴木通之に対し金一五、七五〇円のほか、申請人等に対し各昭和三二年一二月六日から本案判決確定にいたるまで、一ケ月一五、〇〇〇円の割合による金員を、その月二七日限り(ただし、履行期の到来した分については即時に)、仮に支払わなければならない。

訴訟費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一申請人等の陳述

一  申請の趣旨

主文第一、二項同旨の判決を求める。

二  申請の理由

(一)  経緯としての事情

(1)申請人両名は、被申請人である群馬中央バス株式会社に従業員として勤務するものである。(2)被申請人会社の従業員は、一一四名で、群馬中央バス労働組合を結成して来たところ、昭和三二年一二月六日にいたつて、右組合員中三〇名が脱退して、

別に組合を結成し、いわゆる第二組合となり、従来の組合員は、八四名でこれを第一組合と称するにいたつた。申請人等は、右第一組合に属し、以前より斎藤重三は組合の執委員長であり鈴木通之は副執行委員長である。(3)ところで、群馬中央バス労働組合は、労働協約並びに退職金の改定方を被申請人会社に要求し、同年九月二〇日からそのための闘争を開始し、同年一〇月一日を第一波とし、同月六日、同月九日、それぞれ二四時間ストライキを決行したが、同月一四日群馬県地方労働委員会の斡旋で、主要項目の解決を見、その他の附随事項については、平和的交渉により解決を図ることに意見が一致して妥結した。そして、その際、本争議に関しては労使ともに過去にさかのぼつての責任は一切追求しないことを申し合わせ、了解が成立した。

(二)  丁度その頃、同年九月一三日及び同月二四日の二回にわたり、右労働組合伊勢崎支部長である運転手勅使川原季司の担当する自動車のブレーキ・パイプ・ユニオンナット等が了解できる理由もなくゆるみ、これに気ずかず、そのまま使用するときは、重大事故をひき起すかも知れないような事態を生じた。すなわち、第一回の九月一三日には、右勅使川原は、その朝、被申請人会社の伊勢崎営業所から、伊勢崎・高崎間往復四四粁の乗務に服し、午前七時四〇分伊勢崎発高崎に着き、同九時三〇分高崎発伊勢崎に向い、約四三粁走行し、伊勢崎営業所の近くにいたつて、ブレーキのききが悪くなつたのを感じたので、下車して点検し、ブレーキの機能に故障のあることを知り、同営業所の高橋康整備士の検査を受けて、リヤー左ホイルシリンダーユニオン締付けボルトのゆるみによることが判つた。第二回目の同月二四日には、勅使川原は、被申請人会社太田営業所の応援を命ぜられ、担当車をその所属伊勢崎営業所の車庫から太田営業所まで運転回送したうえ、午前七時五〇分太田発前橋行の乗務に服し、約三五粁走行して前橋にいたり、次の発車までに時間があつたので、たまたま、被申請人会社の紅雲町工場に行き車両の下廻り手入れ中、油もれを発見し、調べた結果、ブレーキのユニオンナットがゆるんでいることを知り、同工場の鳥塚素雄にその締付をしてもらつたのである。

(三)  そこで、このようなボルトやナットのゆるみは、これまでその例を見ないことであるので、勅使川原季司は、自分が労働組合伊勢崎支部の支部長であるところから、このようないたずらが行われるのではあるまいか、もしそうだとすれば、是非支部長を交代させてほしいと、その頃、組合長である申請人斎藤に申出した。申請人等は、これを例のない重大事と考えたので、同月下旬頃、被申請人会社の整健課長御山辰之助にその旨報告し、善処方を申し入れたが、被申請人会社側では、自然に起つた事故であるとして、何等の措置をも講じないため、組合が同年一一月一二日組合大会を開催した際、これに事の経過を報告し、その善後措置を協議した。その結果、組合としては、事の重大性と将来における危険防止のため、徹底的に究明すべきであるということになり、結局、群馬県陸運事務所にその善処方の相談をするのが最良の方法であるということに決まり、申請人鈴木通之がその頃群馬中央バス労働組合を代表して、同陸運事務所を訪ね善処方について相談した。

(四)  県陸運事務所においては、事案を極めて重大視し、被申請人会社に対し、事実の調査並びに善処方について報告を求めた。

(五)  ところが、被申請人会社は、申請人等が事案を陸運事務所に持ち込むことは、会社の社会的信用を失墜させる行為であつて、懲戒事由に関する就業規則第三七条第八号の「会社の名誉を毀損し又は会社に損害を与えた者」に当るとして、申請人両名に対し、昭和三二年一二月六日附で懲戒解雇の辞令を発した。

(六)  けれども、申請人等は、現今交通事故の多い折柄、事の重大性にかんがみ、もし、これがいたずらによるものとすれば、余りにも悪質であるので、将来このようなことの発生を防止しなければならず、いずれにしても事の真相を明らかにしようとする善意に出たものであつて、被申請人会社の信用を失墜させるためにしたものではない。結局、右解雇の意思表示は、就業規則に定める懲戒事由がないのに、あると強いてなされたものであるから、その効力を生じない。

(七)  申請人等は、被申請人会社の従業員として、申請人斎藤は税込み標準賃金月額一五、七〇〇円、手取標準賃金月額一五、〇〇〇円を、申請人鈴木は手取標準賃金月額一五、〇〇〇円を、いずれも毎月二七日に支給されて来たものであり、そのほか、昭和三二年一二月には、いずれも税込標準賃金月額の一・〇五倍の年末賞与を給せられることになつていた。ところが、被申請人会社は、右解雇の意思表示をなして、同月六日以降の少くとも右の額の賃金及び年末賞与の支給をしない。

申請人等は、このように賃金等の支給を受けないと、生活にゆとりのない労働者として、その日の生活にも窮する状態であつて、本案判決の確定をまつていては、回復することのできない損害を受けるおそれがある。そこで、申請の趣旨記載のような解雇の意思表示の効力停止及び賃金等支払(申請人鈴木については、税込み標準賃金月額は、これより少い手取標準賃金月額をもつて算定)の仮処分命令を求める。

第二被申請人の答弁

一  「申請人等の本件処分申請を却下する。」との裁判を求める。

二  申請人等主張にかかる申請の理由記載の事実中、

第(一)項の(1)(2)は争う、(3)は認めるが、その末段については、本件争議に関し昭和三二年一〇月一日から同月一三日までの間の行為について責任を追求しないとの申合せをしたものである。

第(二)項のうち、すなわち以下の点を認める。ただし、二回とも、事故ではなく、運転者の容易に調整しうる異状に過ぎない。しかも、勅使川原は、いずれの場合も、所定の仕業点検ないし異状のないことの確認をなした後、その日の運転業務についたものであり、右は、人為的な異状ではなく、走行により自然に生じたものである。

第(三)項争う。もつとも、被申請人会社の整備課長御山辰之助が昭和三二年九月下旬頃その貝沢工場において斎藤重三から「勅使川原運転士担当の群二―二九一号車のブレーキが今月(九月)に入つてから二回も故障を起しているが、この故障は誰か自動車の構造を知つているものが故意にやつたと思われる」との話を聞いたが、御山は、斎藤に対し、「そのようなことはあり得ないが、事の真相を確めてまた話してもらいたい」旨座談的に話合つていることが、後にいたつて判つたのみである。被申請人会社としては、後述陸運事務所からの報告要求を受けるまで、すべての事実を知らなかつたものであり、申請人等主張のような正式の申入等を受けたことも、もちろんない。しかも、労働組合は、自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする団体または連合体であるから、組合行動には、おのずから範囲があり、行動の如何によつて正当違法の判断を受けることは当然である。ところで、経営参加権をもたない群馬中央バス労働組合との関係において申請人等の主張するブレーキ問題は、車輛の改善あるいはその管理方法等に関するものでなく、ブレーキに対するいたずら者のせん索ないし処分等にあるから、法律上組合活動の範囲に属さないもので、正当性がない。

第(四)項のうち、被申請人が同年一一月一四日群馬県陸運事務所から、ブレーキの故障の件について調査報告を求められたことは認める。なお、被申請人会社の調査の結果、第(二)項について前述したとおり、事故の事実のないことが明らかになり、申請人等もこれを認めたのである。

第(五)項については、被申請人会社が同年一二月六日附で、就業規則第三七条第八号(申請人等主張のとおりの規定がある)により、申請人両名を懲戒解雇する旨の辞令を発したことは認める、なお、本件ブレーキの異状について以上の経緯が明らかになつたので、被申請人会社は、同月二日の申請人等立会のもとにおける事実調査の際、申請人等に対し、速かなる反省を求め、一両日熟考の期間を与えたが、申請人等は、これに応じようとしないで、被申請人会社では、役員、幹部協議の結果、(1)申請人等は、さして事実の調査をしないのみならず、勅使川原本人の説明以上に本件を重大事件にデッチ上げて、組合活動の問題とした点組合活動に多年経験を有し、その範囲及び正当性違法性の限界を熟知している者として、悪意に満ちた行動であること、(2)全従業員に業務上多大の不安の念をいだかせ、よつて、会社と従業員の間に対立を来たさせたこと、(3)申請人等が被申請人会社と監督関係にある群馬県陸運事務所に本件の調査方を申し込んだことは、被申請人会社が、重大なブレーキ問題に対し、事実に反し、いかに無責任であるかを同事務所に告知したもので、はなはだしく会社の信用及び名誉を害したこと、(4)申請人等は、調査の結果、事故の事実が無根であつたことを承知しながら、自己の行動について全く反省しようとしないのみならず、会社は自分等の首は切れまいなどと挑発的態度を示したことの四点を認め、これらは、前記就業規則所定の懲戒解雇の事由に当るので、同月五日組合との協議の手続を経て、翌六日申請人両名を解雇するにいたつたものである。

第(六)項争う。なお、その後組合は、申請人両名の解雇を不当として争議行為に出たが、同年一二月二〇日以降、申請人等は、ブレーキの件の責任が被申請人会社側、ことに御山整備課長にあるとして、新聞紙上、立札、印刷物等をもつて誇大に宣伝した事実、会社運転手の初任月給が最低一万余円であるのに三千六百円と宣伝した事実、申請人等がブレーキの件を重大であるとしながら一挙手一投足の労でできる社長その他重役に対する申出をしないで、直ちに事を外部の関係機関に持ち出している事実、その他幾多の不当な悪宣伝や不法行為を事とした事例等に徴して、ブレーキの件は、当初からの悪意の計画的行動であることが推認できるのである。

第(七)項前段は認めるが、後段は争う。

第三疎明<省略>

理由

一  申請人斎藤重三、同鈴木通之各本人尋問の結果と弁論の全趣旨とによれば、被申請人会社は、道路運送法の定める一般乗合旅客自動車運送事業及び一般貸切旅客自動車運送事業を営むものであり、申請人両名は、被申請人会社の従業員として勤務して来たものであるところ、被申請人会社の従業員は、昭和二六年五月群馬中央バス労働組合を結成し、現在よりおよそ二年前から申請人斎藤がその執行委員長、同鈴木が副執行委員長となつているものであることが疎明される。そして、群馬中央バス労働組合が労働協約並びに退職金の改定方を被申請人会社に要求し、昭和三二年九月二〇日からそのための闘争を開始し、同年一〇月一日を第一波とし、同月六日、同月九日、それぞれ二四時間ストライキを決行したが、同月一四日にいたり群馬県地方労働委員会の斡旋で、主要項目の解決を見、その他の附随事項については、平和的交渉により解決を図ることに意見が一致して妥結したことについては、当事者間に争がない。

二  (1) 更に、丁度その頃、同年九月一三日及び同月二四日の二回にわたり、右労働組合伊勢崎支部の支部長である運転手勅使川原孝司の担当する自動車のブレーキについて次のような事実があつたこと、すなわち、第一回の九月一三日には、右勅使川原は、その朝被申請人会社の伊勢崎営業所から、伊勢崎・高崎間往復四四粁の乗務に服し、午前七時四〇分伊勢崎発高崎に着き、同九時三〇分高崎発伊勢崎に向い約四三粁走行し伊勢崎営業所の近くにいたつて、ブレーキのききが悪くなつたのを感じたので、下車して点検し、ブレーキの機能に異常ないし故障のあることを知り、同営業所の高橋康整備士の検査を受けて、これがリヤー左ホイルシリンダーユニオン締付ボルトのゆるみによるものであることが判つたこと、第二回目の同月二四日には、勅使川原は、被申請人会社太田営業所の応援を命ぜられ、担当車をその所属伊勢崎営業所の車庫から太田営業所まで運転回送したうえ、午前七時五〇分太田発前橋行の乗務に服し、約三五粁走行して前橋にいたり、次の発車までに時間があつたので、たまたま、被申請人会社の紅雲町工場に行き車両の下廻り手入れ中、油もれを発見し、調べた結果、ブレーキのユニオンナットがゆるんでいることが判り、同工場の鳥塚素雄にその締付けをしてもらつたことについても、当事者間に争がない。

(2) ところで、成立に争のない乙第五号証と証人高橋康、同鳥塚素雄、同勅使川原季司の各証言及び申請人斎藤重三本人尋問の結果と弁論の全趣旨とを総合すれば、勅使川原季司の当時の担当車両は、群二―二九一号一九五四年型トヨタ・リヤーエンジンのものであり、昭和二九年中頃から使用されていたが、勅使川原は、昭和三二年九月四日頃よりこれを担当運転するにいたつていたこと、右ゆるみを生じたユニオンボルト及びユニオンナットは、この自動車の一連のブレーキ機構の比較的近接した二ケ所のものであり、そのうち、同年九月一三日の場合は、その朝勅使川原が所定の仕業点検を一応了して前記のように約四三粁走行して始めて、ブレーキのききが悪くなつたので、ブレーキパイプを見ると、リヤーの左記ブレートの取付部ブレーキパイプから油がもれているところから、伊勢崎営業所で高橋整備士に依頼して調査してもらい、その結果、リヤー左ホイルシリンダーユニオン締付ボルトが約二分の一回転ゆるんでいたことによる油もれであり、そのためフットブレーキのききが悪くなつたものであることが明らかとなつたので、右ボルトの締め付けをしてもらい、もれた油の補給をして異常がなくなつたこと、その際、高橋整備士は、みづからこのユニオンボルトを締め付けたほか、これに一本のパイプで接続するジョイント(三又)のユニオンナットについても、勅使川原運転手がこれを締め付けているのを知つていたが、同人が給油のため立ち去つた際、念のため、重ねてその締付けをなしその確認をしたこと、次に、九月二四日の場合は、勅使川原は、伊勢崎より太田にいたり、そこで所定の仕業点検を一応了し、同所から更に前橋まで走行し、前橋の被申請人会社紅雲町工場において、次の発車までの合間に、たまたま車両の下廻り手入れをしているうち、前記ジョイントの部分から油のもれているのを発見し、これを右部分にユニオンナットで接続されているパイプの首の切れたことによるものと考え同所の鳥塚素雄に修理を依頼したところ、パイプの首が切れたのではなく、同月一三日に念のため前記のように締み付けたユニオンナットが約一・五回転ゆるんでいたことによるものであることが明らかとなつたので、これを締めつけ、もれた油の補給をしたこと、そして、以上のようなユニオンボルトやユニオンナットは、永い自動車の整備または運転の経験中において殆んど見られなかつたものであること、しかも、勅使川原運転手は、その後、特別に右ボルトやナットのゆるみ防止の措置をとることもなく、引き続き右自動車を従来どおり運転し、乗務に服しているけれども、以後は、同様な部分にゆるみを生じて再びブレーキに異状を起こすようなことがいまだにないこと、なお、右ボルトナットのゆるみは、ブレーキオイルの漏出を来たし、ひいてブレーキのはたらきを失わせるにいたりうることが一応認められる。証人御山辰之助の証言及び被申請人会社代表者尋問の結果中には、右のようなボルトやナットのゆるんだことの経験があり、また自然にこれがゆるむことも容易にありうるかのような供述部分があるけれども、具体的に右の認定を左右するに足るほど明確なものとは認められず、にわかに措信し難い。

三  しかして、二回にわたり本件自動車のブレーキのユニオンボルト及びユニオンナットがゆるんだ事実自体については以上のとおりであるが、これについて、その原因が走行中外部からの衝撃その他による自然の事実にあるのか、または人為的に作為された結果によるものであるか、その他事由によるものであるかは、ついにこれを断定する資料はもちろん、たやすくこれをうかがうに足る資料さえ、第一回の九月一三日当時においても、右認定のとおりの経過によつて第二回目同月二四日にユニオンナットのゆるみが生じた際及びその後においても、関係者のこれを明らかにすることができなかつたことは、右認定の事実及び弁論の全趣旨に徴して明らかである。更に、本件審理の経過においても、これをにわかに断ずるに足るほどの疎明はない。被申請人会社は、本件が申請人等により予め計画的に仕組まれた被申請人会社に対する悪意ある行為によるものであると主張せんとするかにも見えるけれども、これを断定するに足るほど明らかな資料も存しない。また、このような場合、さきに認定したところから明らかなように、事がブレーキの機能に関する問題であつて、場合によつては多数の人命に関する事態の原因にならないとも限らない以上、たまたま、右故障がボルトまたはナットをせいぜい三、四回締め付けることによつて修復しえたとしても、これらのゆるむことの例がほとんどなく、かつ前示認定のようにして二回にわたつて同一のブレーキについてこれが生じているとすれば、これをその外形的事実のみからにわかに評価し去ることができないことはいうまでもない。証人勅使川原季司、同御山辰之助、同畑祥一の各証言、申請人斎藤重三本人尋問の結果及び原本の存在とその成立について争のない乙第二一号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、右のようなボルトやナットのゆるみを自然に生ずることは、これまでほとんどその例を見ないところであるので、勅使川原季司は、自分が労働組合伊勢崎支部の支部長であるところから、このような作為的とも思われるようなことが起るのではないか、支部長の職責にあるものが大きな事故を起したくないなどと考えて、支部長を交代させてほしいと、同年九月二七日頃、組合長である申請人斎藤重三に申し出で、その交代が行われるにいたつたこと、申請人斎藤も、これを例のない重大なことと考え、同月下旬頃被申請人会社の整備課長御山辰之助にその旨を告げ、故障に関して調査方等を求めたが、そのまま何等の措置も講ぜられないまま経過したため、組合が同年一一月一二日組合大会を開催した際、これに事経緯を報告し、その善後措置を協議するにいたつたこと、その結果、組合としても、事重大とし、将来における危険防止のためにも、徹底的に調査すべきであるということに全員が一致し、具体的調査の方法については、正副執行委員長、書記長、執行委員三名からなる組合執行部の決定に委ねたので、執行部は、前例やその場合にとられた措置、問題の処理方法等について群馬県陸運事務所に相談に行くことに決め、申請人鈴木通之が同月一三日群馬中央バス労働組合を代表して、同陸運事務所を訪ね、右について相談をしたこと、そこで、県陸運事務所においては、同月一四日被申請人会社に対し、事態の調査報告方を求めるにいたつたこと、ここにいたつて、被申請人会社は、種々調査の結果、結局、申請人等はさして事実の調査をせずこれを把握していないまま、しかも勅使川原季司本人の説明以上に本件を重大事件にデッチ上げ被申請人会社と監督関係にある群馬県陸運事務所に本件の調査方を申し込んだことは、被申請人会社が重大なブレーキ問題について、事実に反し、いかに無責任であるかを同事務所に告知したものであつて、はなはだしく会社の名誉及び信用を悪意をもつて害したものであるとし、これらを理由に、懲戒事由に関する就業規則第三七条第八号の「会社の名誉を毀損し又は会社に損害を与えた者」に当るとして、申請人両名に対し、昭和三二年一二月六日附で懲戒解雇の辞令を発した(被申請人会社が同日附で申請人等主張のような就業規則の条項により、申請人両名を懲戒解雇する旨の辞令を発したことについては、当事者間に争がない)ことが一応認められる。

四  ところで、被申請人は、右就業規則の条項に該当する懲戒解雇の事由たる申請人等の行為として、本件において、申請人等の申請の理由第(五)項に対する答弁で、具体的に四項目を掲げてこれを明らかにし、一方、申請人等は、そのとつた措置ないし行為は事の重大性と将来における同様事態の発生防止のため、真相を明らかにしようとする善意に出たもので、申請人等には右就業規則の条項に該当する所為がないから、懲戒解雇の意思表示は効力を生じないと抗争するので、この点について考える。

(1)  成立について争のない乙第一四号証(就業規則)によれば、その第三七条には「従業員が左の各号の一に該当する時は処罰される」として、前示第八号を含む「職務上上長の指示に従はず職場の秩序を紊す者」「不正行為をなし従業員としての体面を汚した者」等の九項目が掲げられており、更に、第三八条には「前条の処罰は左の六種とする。一譴責、二減給平均賃金の総額の十分の一以内、三出勤停止一ケ月以内、四休職一ケ年以内、五役位待遇の剥奪、六解雇」と定められていることが明らかである。もともと、懲戒解雇は、就業規則に定める譴責、減給、出勤停止その他の処分と異り、従業員を企業から排除して、その者に精神的経済的に重大な不利益を与える処分であるから、使用者が就業規則を適用して懲戒解雇をなしうるがためには、就業規則に定める懲戒事由に当る事実がなければならず、かつ、前示認定のように、就業規則が軽重数段階の懲戒の種類を定め、かつ、各種の懲戒事由が相互に類似性ないし共通性をもつている場合には、懲戒解雇の規定は、明示がなくても、情状の重いものを懲戒解雇に処する趣旨と解すべきであり、懲戒解雇事由たるべき行為は、その時期、態様、動機または結果等から総合的に判断して、懲戒解雇に処することが社会通念上肯認される程度に重大かつ悪質なものでなければならないと解すべきであり、これに該当しない場合には、なされた懲戒解雇は、法的規範たる就業規則の適用を誤つたものとして、効力を生じないものというべきである。

(2)  更に、本件ブレーキのユニオン及びユニオンナットについて生じた異状の内容、経緯にして、以上一及び二の(1)(2)に認定したとおりであり、その原因については、三の前段において説示したとおり、その当時より、自然発生的なものであるか、作為的なものであるか、またはその他に何等かの事由があるのかを、ついに、他人をしてこれを首肯せしめうるほどに明らかにしえないものとすれば、第一回目の九月一三日の場合から、ことに、重ねて第二回目の同月二四日の異状の発生に及んで、関係者の間に疑念と不安とを生ずるにいたつたことが了解でき、これがそれぞれの立場に従つて、たとえば、右の発生が労働争議が行われた時期に前後していることその他から、申請人等組合側に立つ者としては、被申請人会社の何人かの組合に対するいやがらせの作為によるものではないかとの考えを持ちやすく、また、一方、被申請人会社側に立つ者としては、組合の者の被申請人会社に対する対抗手段ないし悪意に出でた計画的作為によるものとの考えに傾き、更に、その間において種々の段階の差違をもつた見方ないし解し方が一般従業員のうちにもあらわれて、疑念と不安とを高めたであろうことを、本件に顕われた各疎明及び弁論の全趣旨を通じて、うかがうに十分である。このような事態のもとにおいて、事がブレーキの機能に関する問題であつて、場合によつては多数の人命に関する事態の原因にならないとも限らないとすれば、これについて利害関係を有するものとしては、その原因究明の道に進むことは、むしろその所であり、またその結果、原因たる事情が明らかになることは、真相いかんによつて、ある特定の個人の責任としてあらわれるにしろ、申請人等ないし組合にとつてあるいは被申請人会社にとつて不利益になるにしろ、かえつて、大局的には望ましいことであり、究明ないし調査自体を直ちに排すべきではないと考えられる。ただ、この場合、その原因の究明ないし調査のためにとられる方法が、その目的を逸脱して、いたずらに他人の名誉とかその他精神的経済利益を害するにいたる不当なものであつてはならないこと、すなわち、社会通念上、具体的事態に応じ、相当性の限界を逸脱することが許されないこともいうまでもない。そこで、申請人等の右原因の究明ないし調査のためにとつた行為を中心とする言動が、被申請人会社の名誉や利害に関することになつたとして、これについて「会社の名誉を毀損し又は会社に損害を与えた者」という懲戒事由に対する該当性を考えるに当つては、右に述べた意味での方法の具体的相当性を考えるとともに、一方、この懲戒事由に関する規定の立言が概括的抽象的でありいろいろな解釈のなり立ちうるような弾力性ある表現をとつていること、懲戒自体が従業員に対する重大な不利益処分であることなどからして、使用者側である被申請人会社と従業員である申請人等双方の置かれている立場、環境、問題となつている申請人等の行為の具体的な、時期、経緯、内容、意味影響、信義性等をし細に検討したうえ、客観的に妥当な価値判断をなして決すべきものと考える。

(3)  ここにおいて、申請人等の本件に関する諸行為が、就業規則第三七条第八号及び第三八条第六号に該当するかどうかについて考え及ぶとき、以上の説示に則して、申請人斎藤重三が勅使川原季司から本件の二回にわたるブレーキの異状を昭和三二年九月二七日頃聞き、その頃被申請人会社の整備課長御山辰之助にその旨を告げ、その調査方を求めたが、同課長としては異状の原因その他について虚実明確でないものとして、何等の措置をも講じないで経過するうち、組合大会が開かれた際、事の経緯がこれに報告され、ついで、その決議に基き、前示のような経過で、申請人鈴木重三が群馬中央バス労働組合を代表し、被申請人会社に対して監督的地位にある群馬県陸運事務所に前例や処理方法等について相談するにいたつたこと、本件ブレーキの異状発生の原因については、ついに他人をしてこれを首肯せしめるほどに明らかにしえないこと、その他以上に認定した各事実を考え併せると、申請人等の本件に関する諸行為は、幾分事態を紛糾させるだけに終始したきらいがないではないけれども結局、その現われた姿において把握するのほかなく、とすれば前示ブレーキの異状または故障の原因の究明ないし調査に関してとつたものとして、必ずしも不当であつたり、相当性の限界を逸脱しているものというにいたらないのみならず、懲戒解雇によつて従業員たる地位から排除して、申請人両名に対し重大な不利益を課するに相当な程度に、考量すべき事情がなく、重い情状が明らかであるとはにわかになしえない。したがつて、右の諸行為が被申請人会社に不利益に結果したとしても、すでに、これらの点より懲戒解雇の事由としての「会社の名誉を毀損し又は会社に損害を与えた者」に該当するものとは認め得ないといわなければならない。なお、被申請人は、本件ブレーキ問題が、自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする群馬中央バス労働組合の正当な活動範囲に属さないから、この問題について、申請人等が右組合の決議に基いて行動したからといつて是認されることはないともいおうとするかのようであるけれども、この問題が被申請人会社との関係で交渉され解決されえない関係とはいいきれないし、また組合として取り上げることができない問題でもないので、右結論を動かすものとなしえない。他に以上の判断を左右するに足る明確な主張も疎明も存しない。右のとおりであるとすれば、被申請人会社が申請人等に対し、昭和三二年一二月六日附をもつてなした懲戒解雇の意思表示は、その効力を生ずるに由なく、申請人等は、なお被申請人会社の従業員たる地位を保有し、同会社に対し賃金等の請求権を有するものといわざるをえない。

五  申請人等が被申請人会社の従業員として、申請人斎藤は税込み標準賃金月額一五、七〇〇円、手取標準賃金月額一五、〇〇〇円を、申請人鈴木は手取標準賃金月額一五、〇〇〇円を、いずれも毎月二七日に支給されて来たものであり、そのほか、昭和三二年一二月には、いずれも税込み標準賃金月額の一・〇五倍の年末賞与を給せられることになつていたこと、ところが、被申請人会社が申請人等に対し、右解雇の意思表示をなして、同月六日以降の少くとも右額の賃金及び年末賞与の支給をしていないことについては、当事者間に争がない。

そして、現在のわが国における社会経済状態のもとにおいて、労働者が従来の収入源である賃金の支給を絶たれるときは日々の生活に窮するにいたり、本案判決の確定をまつていては、回復することのできない損害を被るおそれがあることは、特に反対の疎明のない限り、一応これを肯定するのが相当であり、また、本件のいわゆる年末賞与についても、これが、まさに経費の特にかさむ年末をひかえて生活上必要な越年資金として全従業員に一定の割合で支給されるにいたつていることが、弁論の全趣旨上明らかであることを考え併せれば、これまた賃金についてと同様にその必要性を肯定して考えるのが相当である。(申請人鈴木の税込み標準賃金月額の算定については、その主張に従う)。以上のとおりであるとすれば、申請人の本件仮処分申請は、すべて理由があるに帰するから、これを、保証を立てさせないで、許容することとし、なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一)

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